最近ボクは、とっても疲れていた。 新しく始めたビジネスを軌道に乗せるためになんやかんややることはたくさんあるし、超後期高齢者の母が入院して毎日愚痴を聞きに見舞いに行かないといけないし、娘は受験だし、おまけに寒い。 暖冬のはずがこの寒さ。オトコだって手足は冷えるのだ。近頃、男性にも更年期障害があるとかないとか言われるようになり、これって…、と思うことがないでもない。母でなくとも、歳を重ねると心身ともに色々つらいことが増えるのだ。 その日も、仕事で遅くなったついでにちょいとアルコールをひっかけて、夜中近くに帰宅した。しばらく前から妻とは寝室を別にしている。仲はいい(とボクは信じている)のだが、娘のお弁当作りが毎朝の日課になっている彼女の安眠を、宵っ張りのボクが邪魔してはいけない、という気遣いからだ。 疲れてシャワーを浴びる気にもならない。寝静まった家の中、足音をさせぬよう、元夫婦の寝室に入り、急いで冷たいパジャマに着替えると、空しく広々としたダブルベッドにもぐりこんだ。 …と、布団の中、足元に異物感がある。硬いような柔らかいような、丸いような平べったいような、ほんわかと温かい。猫?(って、飼ってないだろ) ちがう。これは…。 酔っぱらった脳みそが、触覚と記憶と言語中枢のシナプスをつなげて正しい単語を導き出すのに、3秒かかった。 湯たんぽ。 うわあぁ。冷え切った足先がほかほかと温まっていくその感触と、言葉の持つ懐かしい昭和な響きが呼応して、心の底から幸せな気分がわき上がる。 何年ぶり、いや、何十年ぶりだろう。この温かさ。子どもの頃は、母が毎晩用意してくれた。今は彼女は病院だ。じゃあ、一体誰が? 娘、なわけがない。受験勉強真っ盛りなのだから。 妻だ。あいつ。くぅ。やるなあ。 銀婚式も過ぎ、お互いのやり口はバレバレ、のはずの相手に、今更ながらノックアウトである。 すっかり温まった足の裏で、何度もすりすり湯たんぽを撫でているうち、眠りに落ちた。朝、目覚めて、寝ぼけながらもまたすりすりすると、湯たんぽはまだほんのり温かい。 起きて着替えてダイニングルームに行くと、とっくの昔に娘を送り出した妻は、コーヒー片手に新聞を広げている。 「ありがとね」 わざとちょっと素っ気ない声を出すと、ちらりと目だけ上げる。 「…何が?」 「湯たんぽ」 ふっ、と、笑いとも揶揄ともつかないかすかな音を発して、彼女はそのまままた紙面に視線を落とした。 今夜も、入れてくれるかな。湯たんぽ。朝から、夜を楽しみにしている自分がいる。 *** 先シーズン、知人から聞いた実話をもとに、私が勝手な脚色を加えたものです。 その場に一緒にいたもう一人の男性は、「うちの女房なんか、そんなことありえない」と羨ましがることしきり。そこで私が提案。 「それだったら、奥様にやってさしあげたらどうですか? 湯たんぽ」 やってあげても、やってもらっても、二人とも、ほかほか、にっこり。
by miltlumi
| 2016-11-19 13:14
| 私は私・徒然なるまま
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