ものすごく真面目な会議(って、真面目じゃない会議など本来あってはならないのだが)で、思わず「ぶひっ」と言いそうになることがある。 営業会議で、ターゲットクライアントにつけ入ろうとするライバル会社があるらしい、という話になった。東京大学の学部と大学院を卒業した優秀な若者が、つかんだ噂を憤懣やるかたないという口調で報告する。 「あいつら、汚い手を使ってしきりにクライアントにアキナミを送ってるんですよ」 ぶひっ。アキナミ? 送る? 秋波? …それって、シュウハ、じゃないですか? 議論の焦点はそのライバルをどう出し抜くかに移っている。場違いな笑いを漏らすわけにもいかず、しかしもう会議に集中できない。秋風と間違えてないか。いや、秋風は秋と飽きの掛詞、失恋の予兆を示す常套句だ。恋の始めの思わせぶりな目線とはちがう。秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる。いや、これは古今和歌集、ただの季節の歌だ。 ふと、彼が理系であったことを思い出す。いや、理系文系関係ない。一回り以上年下の将来を嘱望された彼が、この先一生「アキナミ」と言い続け、陰で「ぶひっ」とか思われるのは忍びない。会議後、私は勇気を出して、彼を会議室の隅に手招きした。 「あれ、アキナミじゃなくてシュウハって言うのよ」 彼の顔が真っ赤になった。でも、これは人助けだと思う。 助けてあげられない場合もある。相手が目上だったり、ものすごーくプライドの高い人だったりすると、さすがにこちらも躊躇する。 以前勤めていた会社での新規事業戦略会議。部門をひとつ新設して1年後に新製品を発表しようというプランを話し合う中で、私の上司がとるべき戦略の講釈を垂れた。 「うちのプロダクツをいかに迅速に市場でフッキュウさせるか、そのために…」 ぶひっ。フッキュウ? 復旧って、まだ最初の商品を出してもいないのに? 前後の脈絡から想像するに、それが「普及」の意味であることに気づいた。こちらも早稲田大学を出た秀才である。 その後、この上司は役員も出席する会議で新製品がリリースされるまで繰り返し「フッキュウ」戦略を熱弁した。そのたび、私は下を向いて「ぶひっ」とつぶやくしかなかった。 最新の「ぶひっ」は、トップが不正を主導した場合、部下はどう対処できるかできないかという、これまた真剣な議論。この手の修羅場に何度も立ち会った経験豊かな方が重々しく発言する。 「通常であれば、そうなったら部下はあがらえないですよ」 ぶひっ。あがらえない。あがらう。あが…。あら? あらがう、だよね。 思惑(おもわく)が「シワク」になったり、下ネタ(シモネタ)が「ゲネタ」になったりする現場に居合わせたこともある。いずれも心の中で「ぶひっ」と思いながらも、ご本人を正す勇気が出なかった。 ちなみに、なぜこの手の間違いに対して「ぶひっ」という擬音が発せられるのか、自分でもよくわからない。
by miltlumi
| 2015-08-27 22:09
| マンモス系の生態
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