仕事の関係で11時半前にランチを食べた土曜日、夕方6時前からお腹が空いて死にそうになった。帰りがけの電車の中で「とんかつを食べよう」と心に誓う。うちのマンションの筋向いに、お一人様用カウンターのあるとんかつ屋さんがあるのだ。
店内、窓際の一番奥のテーブル席の夫婦連れの他はまだ誰もいない。「カウンターへどうぞ」というおかみさんの声に、私の代りにアルバイトらしき若い男の子(ちょっと松田龍平に似ている)が眉をひそめる。5人掛けのうち3人分のテーブルには、ご飯とキャベツの入った発泡スチロールの弁当箱がずらずらと並び、作業台と化している。この店は出前も扱っているのだ。 一人客たるもの贅沢は言えないので、黙って端に座り、ロースかつ定食にかきフライ1つ追加する。かきフライをこよなく愛する私としては、いっそかきフライ定食にしてもいいのだが、電車内の決意を全うせねばならない。本当は2つにしたいが、1つ400円はちょっと高い。 すぐさま出てきた白菜の浅漬けとほうじ茶と卓上の梅干、それと文庫本を開いて空腹をしのぐ。隣ではおかみさんと龍平君が目の回るような速さで出前弁当を詰めている。 「ちゃんとタルタルソースいれた?」「はい」 「これ、ヒレはどっちだったかしら」「こっちのほうです」 「大盛りと普通盛り、間違えないでね」「わかりました」 タッパからちょいちょいと切り干し大根を盛り付けながら、おかみさんは手も口もフル回転である。龍平君も仕上がった順に手際よくふたを閉めてセロテープで貼っていく。入口には女性二人。休日出勤の夕食買い出しなのか、6人分のとんかつ弁当を受け取るとそそくさと出ていった。 カウンターが広くなったのも束の間、調理場側から鶏の唐揚げや串カツや山盛りの千切りキャベツの入った透明パックが差し出される。おかみさんが受け取ると、カウンターの上でテープ留めした上にくるりとラップで包む。龍平君がパックと同数のドレッシングボトルと割り箸をレジ袋に放り込む。文庫本を読むのも忘れて、しばしその手際に見惚れる。 「母さん、この鶏唐は○○ハウスの○さんですか?」「あ、そうだわ」 え。。。龍平君は彼女の息子だったのだ。どう見てもまだ二十歳そこそこ。仕事場では肉親にもちゃんと「ですます」調で応対する姿に、さらに惚れ惚れする。お茶のおかわりが欲しいのだけれど、○○ハウスの包みを数えている二人になかなか声がかけられない。調理場の3人のうちの頭領(おそらく父親だ)に小さな声で「キャベツ、いただけますか?」と言うと、「すんません、お皿持ち上げていただけますか?」 「最初に坂の上の○○ハウス、帰りに角の△さんで、最後に□さんね」「わかりました」 氷雨の降る戸外に息子が飛び出していく。ようやくおかみさんに熱いお茶を淹れてもらう。 6年前のこの季節にもこの店に来た事を思い出す。甥っ子の大学受験の2次試験前日、うちに前泊した義姉と甥っ子と3人、お約束に従って「カツ」を食べに来たのだ。食べ盛りの男の子はさらに「エビフライ」も注文した。カツをダブルにしなかったせいで、その大学には落ちた。別の大学を卒業して、今では彼もサラリーマンである。あの頃、龍平君はまだ中学生くらいか。 次に来る頃には、おかみさんの代りに龍平君の妻がせっせと切り干し大根を盛り付けているのかもしれない。 追伸:1つ400円のかきフライは、ロースかつ2切れ分くらいのでっかいやつだった。大満足。
by miltlumi
| 2015-02-22 16:32
| 機嫌よく一人暮らし
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