イレウス管に比べれば、手術そのものは全然面白くなかった。(まあ、面白がるものでもないけれど)。何しろ全身麻酔だから、当たり前だが何も覚えていない。手術時間が1時間だろうと2時間だろうとおかまいなしにずっと寝ていて、何が起こっているのか皆目見当がつかないのだ。
唯一面白かったのは、手術室に歩いて行ったことである。10年前の子宮筋腫のときは、直前までぴんぴんしていたのに、病室からキャスター付のベッドに寝かされて仰々しく手術室に出頭した。それが今回は徒歩である。服装こそ手術着に着替えたものの、売店に水でも買いに行くような出で立ちで点滴棒を自分でガラガラと押していく。母と義姉と甥っ子(手術当日も兄は仕事で立ち会えなかった)がぞろぞろとついてくる。歩きながら気になったのは、エコノミークラス症候群対策のために穿かされたハイソックスのつま先がゴム仕様のオープン形態で不必要に長く、足裏でもさもさしていること。エレベーターを待ちながら、イソギンチャクみたいだなあ、と顔をしかめたら、看護師さんが気遣ってくれた。 「緊張してますか?」 あ。そうか。ここは緊張すべき場面だったんだ。まがりなりにもカラダにメスを入れる(この時点では腹腔鏡手術で済むだろうとタカをくくっていたが)わけで。でも、緊張していないのにウソをつくわけにもいかない。「いえ」と微笑んで、「気になるのはこれだけ」と、甥っ子に向かってイソギンチャクの足裏を持ち上げて見せた。 手術室の扉の前で、見送りの三人に向かって「じゃあ行ってきますね~」と手を振る。まるで遠足に行くような陽気さ。ベッドに寝ながらだとドラマみたいな白々しさが漂うところだ。 ものものしい自動扉を入ると、意外にただの診察室のような空間で、照明も(まだ手術が始まらないせいか)安っぽい蛍光灯である。事前に病室に挨拶に来た看護師の他、麻酔医師が自己紹介する。礼儀正しい。名前も知らないどこの馬の骨ともわからぬ人に命を預けるわけにはいかない。 手術台も意外に小さく、外来の診察台と対して変わらない。 「そこに寝て下さい」 言われて自分で靴を脱いでごそごそと這い上がる。硬膜外麻酔のための針を背中に刺す。麻酔科の先生は冗談好きらしく、「針、太いですよ~」と脅かす。前日、代理の先生に「術後もしばらく細い針を刺したままになります」と説明されていたから、「そんなことないでしょう。細いんでしょう」とやり返す。案の定、大して痛くない(後でわかったことだが、針は本当に太かった)。採血や点滴でさんざん針を刺されているから、もう慣れたものだ。 あれこれ準備をする間、手術室には重厚なオーケストラが流れている。クラシックは詳しくないが、マーラーとかそんな感じ。せっかくなら私の好きなニューミュージック(古いか)か、せめて小鳥のさえずりとかにしてくれればいいのに。 「では、行きますよ。この酸素マスクつけたらすぐ寝ちゃいますからね」 「はい。おやすみなさい」 きちんと挨拶をして、マスクをかぶせられたら、1も2もなく意識がなくなった。
by miltlumi
| 2014-05-18 19:46
| イレウス奮闘記
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