イレウス管の悲喜劇 (その1)

 イレウス管というものを生れて初めて挿入した。あれは、現代医学が発明した超直接的・効果的器具であるとともに、人を謙虚にし、人間であることの意味を改めて考えさせてくれる哲学的な器具でもある。

 それは、3回に亘って行われた。一度目は、後から振り返ればまさに序の口、大したことはなかった。病室のベッドに座って、先生が「ちょっと気持ち悪いですよ~」と直径5㎜程度の管を鼻から胃までつるつると入れる。胃カメラを飲んだことのある人ならだれでも経験する程度の事である。もしかするとあれはイレウス管とさえ呼ばないのかも知れない。
 それでも症状が良くならず、「もう少し奥までいれましょうか」ということになった。診察のたび、励ますように私の手や膝をぽんぽんと軽くたたいてくださるH先生が、いささか深刻な顔をしている。
 「でも、今度はベッドの上で、というわけにはいかないんです。レントゲン室で造影しながらやらないといけないんですが…」
 心持ち歯切れが悪い。しかし、入れないと良くならないのだ。いけないもいけなくないもない。

 看護師さんに付き添われてぷらぷらとレントゲン室に向かう。幸い、私の一番好きな服部さんである。ものすごく美人で、無駄な言葉は一言も発しないが、そのきびきびした態度がいかにもプロフェッショナルである。それなのに酸素量を測る器具を私の人差し指に挟もうとしたとき、爪に施したピンクラメのジェルネイルを見て「あ、可愛い」と、ぽろり無駄口をこぼした。看護師はネイルだめなんですよね、と続く言葉に、なんて可憐なんでしょう、とさらに私の中で株を上げたのである。
 「痛いんでしょうか」
 「…そうですね。5.3㎜ですから、今入っているのより少し太いですね」
 腕に抱えた挿入すべき管のパッケージを見ながら服部さんが簡潔に答える。言外に同情がにじみ出ている。

 機械優先の温度設定が為された寒い部屋に入る。服部さんの役割はそこまでで、ここから先はレントゲン室付きの看護師さんにバトンタッチ。冷たい寝台に横たわると、タオルケット2枚をかけてもらう。
 いつもは白シャツ・ネクタイに白衣をまとったH先生が、妙に間抜けな感じのVネックの半袖の手術用ユニフォームにシャワーキャップもどきを身につけて現れた。お父さんが子供の小学校の父兄対抗借り物競争に出場するときのような、どうも板についていないというか浮ついた感が漂っている気がする。続いて、いかにもオタクそうな若いお兄さんが白衣姿で現れる。レントゲン技師だろうか。看護師に対するいささかつっけんどんな物言いが、いかにも彼の若さを露見させている。
                                              ・・・(その2)に続く
[PR]
by miltlumi | 2014-05-03 13:44 | イレウス奮闘記 | Comments(0)
<< イレウス管の悲喜劇 (その2) 食事の役割 >>