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鍋を割る

 鍋を割ってしまった。コーニング社製の、ぐつぐつシチューを煮るような分厚い丈夫な鍋を、割った。割れた、などと往生際の悪いことを言うつもりはない。「割れた」というのは、急に地震が起きてよろめいたとか後ろからわっと脅かされたとか、自分の非ではない不可抗力の場合にしか使えない。このたびは、すべて自分のせいである。なんたって、上から思いっきり金属製の換気扇を落としたのだから。
 年に一度の換気扇掃除をしていた。ガスコンロの真上に大きなねじでとまっているやつで、そのねじを「ゆるむ」の方向にくるくると回していた。
 頑強な器具だから、延々回してもなかなか外れない。頭より上に上げた腕が疲れてくる。まだかなあ。と思ったとたん、ねじが最後の一回りを終えて、換気扇がぐわん、と落ちて、直下にあった鍋にあたった。夕飯に食べるつもりだったパンプキンスープがどろりと流れる。真っ二つ、である。…あーあ。
 
 最初に訪れた感情は、驚きでも怒りでもなく、哀しみだった。あんた、何年この換気扇掃除してんのよ。っていうより、ねじが外れたらそれで留まっていたものも速やかに外れるのは常識でしょ。しかも、モノが上から下に落ちるのも、ニュートンの時代からの鉄則じゃない。
 腕が疲れるからって、換気扇を左手で支えることもせずにひたすら右手でねじを回していたなんて。はっきり言って、ただの阿呆である。

 最近、モノ忘れはもちろん、判断力の低下や注意力の散漫が日常生活の中で加速度を増していく自分を戦々恐々と眺めていた矢先だったから、なおのこと哀しかった。ちょっとした不注意に運動神経の減衰が加わって、手を滑らせてモノを割る、ということが立て続いていたし。1年前に買ったばかりのティーポットだって、それから、それから。
 …それから? なんだっけ。つい最近、ものすごーくお気に入りの何かを割った記憶があるんだけど。えっと。…嗚呼っ、思い出せないっ。
 あ、そうだ。ランプ型のキャンドルスタンドの笠だ。あー、よかった、思い出せて。って、全然よくねーよっ。

 思いを巡らしながら、すごすごと割れ鍋を新聞紙にくるんでレジ袋に入れる。それでも、ばっこりと割れて鋭角に尖った先端がレジ袋を突き破る。マンションの掃除係のお兄さんがケガしちゃいかん。こういう気配りの心はまだ健在だ、よかった。クッション代わりにビニール袋を巻きつけ、ガムテープを絆創膏のように貼りつける。できた、と持ち上げると、絆創膏はずるっとずれてガラスの突端がまたキキッと現れる。…はああ。レジ袋に絆創膏貼ったって意味ないじゃないか。最初からやり直し。

 ようやく仕上がり、掃除係の人に見えるよう、袋に太マジックで大きく注意書きを記す。「ガラス・われもの」 …??? 宅急便の「品名」欄じゃないのよ。ワレモノ、じゃなくて、割れたモノ。ここまできてようやく、本来は「われガラス」と記すべきことを思い出す。
 
 願わくば、今年は、モノを破壊せず、より生産的な活動が出来ますように。
by miltlumi | 2014-01-08 21:32 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)
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