(その1.はこちら・・・)
日暮れまでにはまだ間があったが、東向きの窓に大きくよしずが下がっているせいで、部屋の中はほの暗い。天井から下がった電灯のひもを引っ張ると、蛍光灯の光が部屋の隅々まで照らす。 オレンジの電灯色だとかダウンライトだとか欧米風の間接照明だとかがもてはやされる今日この頃、白々とした蛍光灯色は、もうそれだけで十分にノスタルジーである。年初に旅行したウブドの街はずれにある掘立小屋みたいなよろず屋兼食堂にも、まさにこの色の灯りがともっていた。 明るくなった室内を見回すと、床の間の横の棚には大きな液晶テレビのみならず、花瓶や化粧水や美容クリームの瓶がごちゃごちゃと並んでいる。宿泊客が自由に使っていいアメニティーかしら、と思ったが、いかにも無造作な置き方がそうではないことを物語っている。花瓶を覗くと、なぜか中には空の化粧水の瓶。な、なに…? もうひとつの花瓶には何やら白っぽいものが詰まっており、連れが「化粧コットンじゃないの?」と言うが、よく見ると日本手拭い。引っ張り出してみると、中にはやはり使いさしの化粧瓶。こ、これって…。 そういえば、客用の鏡台代わりだと思っていた碁盤の上の小型鏡も、「客用」に磨かれた形跡はない。小姑のように人差し指で違い棚の平面をついと滑らせてみると、案の定うっすらと埃がつく。 やや、やはり…これは、もしや、この部屋はホントの客間ではないのでは…。あのおばあさんかお嫁さんの、プライベートルーム兼用にちがいない。 状況証拠からプロの直感でホシを特定した刑事よろしく、確たる証拠をつかむために本格調査開始。板戸の押入れをガラリと開けると、やっぱり。定員6名分の布団が積まれた手前に、薄手の夏物ジャケットが二枚、ハンガーにぶら下がっている。いずれも地味なグレイ系の色合いから判断するに、部屋の主はおそらくおばあさんのほうだろう。肌寒いくらいの気温には、ちょうどよさそうなはおりものである。 「明日の朝ご飯のとき、このジャケット来て食卓に座ってたら、おばあさんびっくりするかなあ」 げげって言われたら、「あ、ちょっと肌寒いさかい、着せてもろたんや(すっかり関西弁)」と開き直ればいい。なんたっておばあちゃんちなんだから。 ちなみに、積まれた布団の上には布製の鞄も置いてあった。ちょっとやりすぎかとは思ったが、ファスナーを開けたい誘惑にはどうしても勝てない。中には、夏物の喪服が入っていた。寒さ対策以外の緊急時にも対応可、である。 こうなると、もう徹底的に観察しないと気が済まなくなり、かたっぱしから扉を開ける。違い棚の上の袋戸棚には、小袋入りの化粧品サンプルや未使用の化粧瓶にDM・カタログ類(どうやらおばあさんは通販化粧品フェチらしい)。それらの紙の束に混じって、「高齢者講習通知書」がはらり。ビンゴ。お嫁さんではなくおばあさんの部屋だ。 ・・・その3.に続く
by miltlumi
| 2013-07-26 10:38
| 私は私・徒然なるまま
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