訪問したオフィスに傘を置いてきてしまった。その日初めて紹介された、すらりと背の高いおしとやかそうな美しい秘書さんに電話をすると、既にぬかりなく宅急便の手配をしてくださっていた。美しくて気遣いができる。おヨメさんに最高?
早速届いた宅配袋を開けると、本来の折り目を気にせず天真爛漫に畳まれた私の傘が出てきた。思わず笑ってしまった。 高校3年の夏休み、駿台予備校の夏期講習に、ボーイフレンドと一緒に通った。同じ東海道線沿い、私が先に乗った電車に途中駅から彼が合流して、東京駅から中央線に乗り換えて御茶ノ水駅まで。2週間ほどだったか、夏期講習の期間中ずっと二人で往復した。ささやかなデートコース。 朝方降っていた雨が上がった日。授業中に乾いてしまった彼の折り畳み傘を、東京駅で電車を待つ間、私が畳んであげたことがある。しゃかしゃかと手を動かし、しゅるしゅると巻いて「はい」と手渡したら、彼がその傘を見つめて、 「さすが女の子だね。きれいに畳むんだね」と感心してくれた。 そのときの彼の口調と、傘に落とした視線の柔らかさを、いまだによく憶えている。まあ、私ったら「女の子らしい」のかしら。きゃ♡ それまでの人生でついぞ言われたことのない褒め言葉に、私は有頂天だった。しかし結果的に言えば、共通一次試験(現・センター試験もそろそろ名前を変えようかという時代、歳がばれるな)の直前に、フラれてしまった。 しばしば「男らしい」と褒められる私は、自慢じゃないが(と言う枕詞は、決まって自慢したいときに使われる)「女の子らしい」ことは得意なのだ。傘はもちろん洗濯物をたたむむのも料理も皿洗いも好きだし、リネン棚のタオルもクローゼットのTシャツも、きれえーに畳んできっちり積んである。でも、だからといってそれが十分条件でないことはうん十年前に証明済みだ。 たおやかで、いかにも着物が似合いそうな後輩にホームパーティを手伝ってもらったとき、きれいに焦げ目をつけた伊達巻のカットを頼んだら、まるで「f分の1揺らぎ」の法則に則ったようにばらんばらんな厚さで切られた。それでも社内の「いいお嫁さんになりそうな女性社員」リストの上では、彼女のほうが圧倒的に上位だった、私なんかより。ふん。 家事が得意なことと「女の子らしい」ことと男性にモテることに、普遍的な相関関係はない。そもそも、もう「女の子」じゃないし。 そういえば去年の夏、とっくの昔に「女の子」じゃなくなっちゃったのに、小学生の女の子に混じって市営プールの滑り台で思いっきり滑ってはしゃいでいたら、「その滑りっぷりがいい」と褒められた。 なんでもありだ。「女の子らしい」ことやってもやらなくても、「女の子」でも「女の子」じゃなくても、自分らしけりゃ最高、ってユーミンも歌ってなかったっけ(正しくは、あなたらしけりゃ最高、である)。
by miltlumi
| 2013-07-05 20:53
| 忘れられない言葉
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