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三つめの饅頭

 小学校2年の国語の教科書に載っていた「笑い話」をよく憶えている。小僧が和尚さんの目を盗んでお供えの饅頭を一つ食べた。でも食べ足りない。二つめに手を伸ばした。まだおなかがいっぱいにならない。三つめも食べてしまった。ようやく満腹になった。小僧は合点がいったとばかりに手を打った。
 「なんだ、最初に三つめを食べればよかったんだ」
 三つも食べたから満腹になったのではなく、三つめだけを食べればよかったと思い違いをした小僧は阿呆だ、というオチである。笑い話の例にしては面白くなさ過ぎたせいか、8歳の私はこれを「何事も自分でひとつひとつ積み重ねていくことが大切」という訓話として記憶に留めた。

 今日、久しぶりにこの饅頭の話を思い出す機会があった。
 大学時代の親友が教授をしている縁で、彼女の教え子十数名、就職活動を間近に控えた大学3年生及び内定が決まった、もしくはまだ決まっていない4年生に、社会人として働くことについて講義をしたのだ。メーカーから金融に転職し、挙句独立してコンサルの仕事をしている、というダイナミックレンジの広さが買われた節もある。
 最初は月並みにメーカーでやっていた仕事の説明(新卒で海外営業配属と言ったって、実は「営業」なんてしなかった)から始まり、どうして転職したのか、さらにどうして脱サラしたのか、本音を滔々と曝け出す。

 「今考えて、あの時こうすればよかった、と後悔することはありますか?」
 もっちろんありあり。皆さんが私と同じ後悔を繰り返さないよう、ここで何でも教えちゃいますよ。あれこれ話したが時間切れ。居残った数名とさらなる本音トークが始まる。
 「モノ作りが好きでその会社選んだけど、営業なんていっちばんやりたくないと思ってたのに営業配属で内定もらったんです。自分にできるか、すごく不安…」
 ご心配なく。新卒を受け入れる側は、「できる」なんて思ってませんから。それに、「営業」って思うと気が重いけど、モノ作りに必要な顧客ニーズを最初にキャッチできる仕事、と思えばいいんじゃない?
 「そっか、ものの見方を変えればいいんだ!」
 そのとおりです。
 とんとん拍子に内定もらっちゃったけど、他の業種も見るべきじゃないかとか、やりたいことが二つあってどっちにしようか迷ってる、という贅沢な悩みも。
 今ひとつに決めたら、よそ見せず一生それ続けないといけないって思う必要はない。途中から別の道に切り替えるのも、大いにあり。でもあせらないで、3年は続けてね。
 営業大好き、ノルマ課されてプレッシャーかけられるほどやる気が出る、という頼もしい体育会系の発言に、他人と比較されるだけでやる気を失うマイペース型の女子学生。「家でも学校でもそういうモノサシでやいのやいの言われて、もう言われたくないです」
 悪いけど、他人の価値観の押しつけは一生言われると思ったほうがいいよ。言われてもそれに振り回されない自分自身のモノサシを持つことが大切。自分のモノサシはすぐには見つからないかもしれないけど、それを持つ必要がある、と自覚するところから始めればいい。

 「なんか、すっきりしました!」
 明るい声を上げて席を立つ若人たちを見送りながら、少しは先輩のアドバイスを生かしてくれるかな、と期待がよぎる。
 帰り道、教授と臨時講師は「友だち」に戻ってカフェでくつろぐ。
 「でも」
 一緒に学食でチキンカレー食べてた頃に、自分の親と同年代からお訓辞聞いてたとしても、きっと同じ間違いをしたよね。結局順を追って自分で経験しないとね。ただ、この先彼らが人生に躓いたとき、昔梅雨時の大学で聞いたことをふと思い出してくれれば。そういう意味か、と初めて理解して自分のモノサシ作りに取り掛かってくれれば。
 色々経験を重ねた今だから、ああいうことが言えるんだよね。私たちだって。

 今日の私の役割は、きっと一つめの饅頭を渡したところまでだ。最初にどんなにでっかい饅頭を渡しても、おなかをこわすのが関の山。二つめ、三つめと自分で積み重ねていってくれることを祈るしかない。
by miltlumi | 2013-06-11 22:01 | 私は私・徒然なるまま | Comments(0)
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