公園の葉桜が瑞々しく、風のない穏やかな陽射しがまさに春爛漫を感じさせる昼下がり。遅めのお昼を食べようと、池のそばのベンチでお弁当を広げた。池の土手には、陽の光を求めて亀たちが一斉に並んで甲羅干しをしている。時折、ぽちゃり、と音を立てて鴨が泥に首を突っ込む。向こう岸から遠く子供たちのはしゃぎまわる声が聞こえる。長閑な景色が一番のご馳走、と割り箸を折ろうとしたとき、隣の声が飛び込んできた。
「150億円を目標にしてですねえ」 うららかな春の日に似つかわしくない現世的な数字に、思わず顔を向けると、メタボな中年男性二人がベンチに腰かけている。藤棚の下、池に正対したベンチで、手前の男性は池のことなどまるっきり無視。ベンチからお尻を半分はみださんばかりに横を向いて、つまり隣の男性に正対している。彼の(おそらくは)食い入るような視線を向けられた隣の男性は、その目力に囚われまいとするかのように、しっかり池のほうを向いたままだ。 「ですからそれを達成すれば…」 どうやら、横向き男が営業をかけているんだか、営業マンをやりましょうと勧誘しているんだか。しかし、こんな陽気の中、お弁当はおろかコーヒーさえ持たずに公園のベンチで、ねえ。ランチミーティングで埒が明かず、その後に入ったスタバでショートサイズを飲む時間でも足りず、ついに池の端まで追い込んだ、という図式だろうか。 営業はしつこさが身上、と前の会社で教わったが、40代の私はもはやその手のスキルを習得するには歳をとり過ぎていた。ああいう根性系というか精神論というか、「ノルマ達成に向けて頑張る」という純粋な姿勢を身につけるのは、社会人になって最初の数年以内でないと到底無理だと思っていた。でも、結婚退職して何年もたってから再び仕事に復帰し、いちから営業やってます、という人もいる。単に私がへたれなだけかもしれない。多分、いや絶対、そうなのだ。大学の学園祭だって、屋台の呼び込みなんてこっぱずかしいことができず、ひたすら裏で焼鳥をひっくり返す役割に徹していた気がする。むしろ金色に色づいた銀杏の葉がはらはらと散るのを心静かに眺めていたい、と願ったものだ。 だから、心地いい昼下がりに、池も亀も鴨も無視してひたすらしつこく営業をかける根性には、畏怖と脅威を感じる。「池営業」と勝手に名付けたこの手法、営業ができる人にとっては、面白い手法かもしれない。 でも相手の男性が、私みたいに自然を愛でたいタイプだとすると、この手法が裏目に出る恐れもある。 ☆池営業(いけえいぎょう)とは: ぴーかんに晴れた気持ちのいい昼下がり、パワーランチ終了後、いまひとつ押したりないと判断した場合にのみ行ってよい営業手法。コーヒーも済ませているので、素手で池の端のベンチに座って、ひたすら話しかけ押すしかない。池には目もくれず相手に正対するのが正しい姿勢。相手もモーレツタイプの場合は功を奏する可能性があるが、自然を愛でるタイプの場合は「風流を知らぬ下司」と思われ関係そのものが破綻する恐れあり。どちらのタイプかは、当手法開始後3分以内に相手が遠い視線を池に投げるかどうかで判断すべし。
by miltlumi
| 2013-04-21 13:31
| マンモス系の生態
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