土曜日の午後、京成成田からの特急には、春の嵐到来の直前に無事着陸した人達がちらほらと乗っていた(私は単に成田駅近くのホテルでの仕事の帰りがけである)。狭い機内で熟睡も出来ず、慣れない外国での緊張から解き放たれた脱力感も手伝ってか、誰もがむっつりと黙りこくっている。中でもひときわ不機嫌そうな顔を正面に向けて並んで座っている夫婦。新品らしきキャリーバッグは、海外旅行経験の少なさを、そしてその胴に貼られた旅行会社のステッカーと取っ手に巻き付いたままのデルタエアラインのタグは、格安パッケージツアーだったことを暗示している。私が電車に乗り込んで以降、一度も言葉を交わしていない。
現在、夫婦という単位からはみ出てしまった単身家族である私は、いかにも「家族です」という体裁の二人一組に対する憧憬、というか好奇心をつねに抱いていて、公衆の面前における彼らの行動につい注目してしまう(二人きりのときの行動に注目していたら、そりゃノゾキだよね)。そして、こうしてせっかく一緒にいるのに一言もしゃべらない夫婦(というのは、実は非常に多い、というよりそのほうがマジョリティーだったりする)を見ると、大丈夫なんだろうか、といらぬ心配をしたくなってしまう。 化粧気のない奥さんのほうが、やがて寝不足で腫れぼったい目を閉じる。と、じきに身体が傾いていく。奥さんのほうが頭半分くらい背が低いから、こめかみから頬のあたりがしっくりと旦那様の肩にもたれかかる。旦那様は、表情をしかめるでも緩めるでもなく、そのままの姿勢で枕役を果たしている。 がくんと電車が揺れた拍子に、奥さんが目覚めて頭をもたげる。その目がまたとろとろしだしたとき、旦那様が黙って手の平で奥さんの頭を自分の肩に引き寄せた。奥さんはされるがまま、先ほどのように頭をだんな様の肩に預ける。 きゃああ、と思った。大丈夫だ。思わず笑みを浮かべる他人の前で、彼らはいまだ言葉をかけあわないままである。 少しすると、また奥さんが目を開けた。と、しゃっきりと頭を真っ直ぐにして、なんと身体ごと8㎝くらい左に移動して、旦那様との距離を空けてしまったのだ。旦那様は今度は微動だにしない。 ぎゃああ、と思った。大丈夫じゃないかも。思わず眉をひそめる他人に対して、旦那様が不審げな視線を向けたと思ったのは、こちらの誇大妄想だろうか。 ようやく彼らが言葉を交わしたのは、私が観察を始めてから45分後だった。奥さんが旦那様の耳元に手をやって、何やらこそこそ囁いている。 夫婦の関係というものは、他人からは決してわからないという。その通りだ。 明日、彼らはどんな日曜日を過ごすのだろうか。奥さんは旅行中の洗濯物に忙しく、旦那様は留守中ひもじい思いをしていた植木鉢の水やり。お互い黙ってそれぞれの役割をこなしながら、きっとお昼ご飯は二人の好物のきつねうどんだったりするのだ。湯気をふーふー吹きながら、「やっぱり美味しいね」と奥さんがつぶやく。旦那様はTVに視線を向けたまま「明日から社会復帰だ」とつぶやく。おそらく、それでも、天下泰平。I hope.
by miltlumi
| 2013-04-06 17:25
| 機嫌よく一人暮らし
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