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コイシカワに家を持つ父は弁護士で、戦前北京と満州にも事務所を持っていたが、終戦前後に北京に移り住み、彼女もそのまま中国に渡った。日中関係の改善後、1982年になってようやく日本に戻り、こちらに居残っていた伯父伯母や従姉妹の消息を確認したが、今は米国に住んでいて、息子は医師、娘はマイクロソフト。日本に唯一残っている姉の見舞いのため、娘の出張に合せて来日したのだという。 途中、「日本語が出てこなくなって…」というので「You can speak in English」と促したら、何の衒いもなく英語に切り替え、日英ちゃんぽんで訥々と語り続ける。 あそこの(と大門のほうをあごで指して)病院はナースが親切で、本当に素晴らしい(聖路加か済生会か)。アメリカではオバマが何でもカットカットで、ナースも患者をケアしないから、ひどいものだ。Nursing homeでは、夜になるとあちこちの部屋から「Nurse」「Nurse」という声が上がるが、Nurseは様子を見に行こうともしない。Overtime paymentが低いから、ちゃんと働く気がないのだ。それに比べて日本のHospitalはいい。本当にNurseが親切に世話をしてくれていて。 それなら、When you get sick, you can come back here.とつい言ってしまったが、それに対する返事はなかった。 明日は、娘も一緒にバスに乗って東京をLook aroundするんですよ。それはいいですね。今日は私一人、このあたりを歩いてるんです。ここからコイシカワまでは遠いですよね。ああ、でも、地下鉄に乗ればわりとすぐですよ。 おばあさんは、少しの間考えていたが、地下鉄路線図を取り出そうとする私に、それ以上の詳細を聞こうとはしなかった。 「この何十年、いろいろ、ありました」 炎のほうに顔を向けたおばあさんは、もっとずっと向こうにある何かを、ぼんやりと眺めている。 「そうでしょうねえ。日本もかわりましたでしょう」 つやつやとしたおばあさんの頬をみつめながら、ありきたりな相槌を打つ。もう少し気の利いた言葉をかけたいけれど、彼女の横顔には、それをさせない、78歳ならではの尊厳が漂っている。私は目を逸らして、しばらく黙ったまま炎を見つめる。母のベッドルームに鎮座している、次男だった父が最初の住人であるところの仏壇のことを思う。アメリカにあるこのおばあさんの自宅のベッドルームには、仏壇が置いてあるのだろうか。 「じゃあ、It’s nice talking with you.」 「Nice meeting, too. Have a safe trip.」 思い切りアメリカンな別れの言葉が、これほどに重みをもって感じられたことは、初めてな気がした。その重みを軽くかわすように彼女は踵を返し、本堂に入って行った。 私も程なくお寺を後にしたが、なんとなく真っ直ぐうちに帰る気がしなくて、芝公園のベンチで本を広げてみた。文字の意味がどうもうまく頭に入ってこないのは、11月の陽射しが暖か過ぎるせいばかりではなさそうだ。
by miltlumi
| 2012-11-14 19:20
| 忘れられない言葉
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