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「ための」フォーム

 病院の初診のときに受付で渡されるアンケート用紙みたいなフォームには、最後のほうに「そのほか気になっていること、相談したいことがあればお書きください」という質問がある。既往症やアレルギーのある食べ物など、なぜか妙に緊張しながら書き連ねた末とはいえ、せっかくお医者さんに診てもらうのだから、と丁寧に記入して看護婦さんに渡した。
 結果どうなったかというと、どうもならなかった。予約時間を10分過ぎた頃に、医師がばたばたと診療室に入り、それからさらに10分後に名前を呼ばれ、型どおりの問答と診療が終わると、「はい」と会計提出用の書類を渡されて、おしまい。「気になっていること」を医師が見たことは間違いないはず(なぜなら、医師が私との問答をパタパタ打ち込んでいるディスプレイの上のほうに、フォームの別欄に書きこんだことが、しっかりインプットされていたから)。
 せっかくなら、ちょっとカウンセリングしてくれればいいのに。考えてみれば、他の医院でもフォームに記入したことについて医師が触れる経験はほとんどない。だったら「そのほか…」の欄は何の目的で作ってるのよ。いわゆる「ための」ってやつか。

 ホテルやファミレスに「お客様の声をお聞かせください」というフォームがよく置いてあるが、あれが真面目に読まれて、しかも実際に対策が施される確率はいかほどのものなのだろうか。
 先月、八戸駅近くで1泊したのは、フロントの自動精算機で宿泊代を前払いするようなビジネスホテルだった。だから、ユニットバスが多少汚れていてもLANケーブルの場所がわかりにくくても、フォームに書きこむ手間をかけようとは思わなかった。
 開業間もないリゾートホテルに3泊して、時間と気持ちのゆとりがあったせいかフォームに思いつくまま「よかったこと」「改善すべきこと」をずらずら書いた。その後、自宅にお礼のワインが送られてきたときは、むしろびっくりしてしまった。そのホテルを再訪する機会はまだないが、いくつかは改善されたに違いない。貴重なホテルである。

 そう言っている私自身が、せっせと「ための」フォームを作ってしまいかけたこともある。小さな会社での出張申請書とか、インサイダー取引報告書。リスク管理、と思いながら、ふと我に返ってみれば、ルールさえ決めておけばわざわざ規定のフォームに記入しなくても、メール1本で済む話である。一種の大企業病だと思った。
 従業員が何万人もいる大企業では、基本ルールだけで運営するのは無理だから、やはりフォームを作ることになる。そのフォームが正しく記入されているかをチェックする部署ができる。記入されたフォームを保管する部署ができる。人が増える。サーバーのメモリー容量も増える。

 世の中、「ための」フォームのおかげで、どんどんやることが増えて行く。これも経済の活性化と呼ぶべきだろうか。
by miltlumi | 2012-09-21 11:01 | マンモス系の生態 | Comments(0)
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