魔がさした。としか言いようがない。自分でじゃきじゃきと髪を切ってしまった。長くなった前髪を、寄り目になりながらちょきちょき切る、という程度なら何百回もやっている。でも、今回は横と後ろ。
別に失恋したわけではない。いつものように朝シャンして、ブローしているうちに、どうしても気になり始めて、我慢できなくなって、キラリン、と光る鋏を手にしてしまったのだ。 少し前に美容院に行った。もう20年近く(!)もお世話になっている美容師さんだから(最近ちょっとしたいさかいはあったが)、こういう感じ、と言えばあとはお任せでうまく仕上げてくれる。 ところが今回は、その「いつも」の仕上がりがなぜかひっかかった。私はくせ毛なので、心持ち軽くすいた襟足の髪が、ちょっとハネる。いつもは気にならないのだが、どうも「タコの赤ちゃん」みたいで邪魔くさい。そもそもボブっぽくしたかったのに、この前のケンカでその案が却下されたのだ。 プロの美容師は、素人が髪に鋏を入れることをひどく嫌う。前髪をちょっと切っただけでも、次に美容院に行くと「自分で切ったでしょう」と非難される。ましてや自分の目で確かめられない後頭部の髪に鋏を入れるなんて、言語道断。だから普段であれば、冷静に思いとどまる。 別に美容師へのリベンジ意識があったとか、別のことでやけくそになっていたとか、そういうわけでもない。でもあの瞬間、私は妙にしんとした気持ちで、「切ろう」と決めて、ざっくりと一気に3㎝くらい切った。 左右のバランスをあまり気にしすぎると「わかめちゃんの散髪」状態(さざえさんに「あ、右ちょっと長い」「あ、今度は左のほうが長くなった」と言われつつ、耳が丸出しになるまで髪をちょん切られて泣き喚いたわかめちゃん)になるので、そこは慎重に。 ふと我に返る。洗面所のシンクと床に散らばる黒髪と、鏡に映ったボブスタイル(と、一応呼んでおこう)を見比べながら、ひどく大胆なことをやってしまった自分に対して、すごく冷静な自分が呆然としている。普通なら絶対やらないことを、何の理由もなしにやってしまう。しかもそのとき、感情が激しているわけでもない。自分で理解しながらも、自分が信じられなくなる。起こった出来事が、夢のように感じられる。 殺人者の心理というのは、案外こんなものなのかも、と不穏な想像さえ頭をよぎる。犯人は必ず犯行現場に戻ってくる、という言葉通り、そのあと何度も洗面所に行き、さっぱりと露出した首筋をさすってみる。でも案外うまく揃っている。 萩原さん(美容師さんの名前)に怒られるかなあ、と思いながら、束の間の執行猶予期間中に、再び魔がさすことのないよう、神様にお祈りする。
by miltlumi
| 2011-08-26 11:59
| 機嫌よく一人暮らし
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