GWが終わり、新緑が日々濃さを増していく頃、街角にふと漂う楠の花のふうわりした香りに出会うたび、必ず思い出す光景がある。
高校1年のちょうど今頃。1時間以上かかる電車通学にもようやく慣れてきた土曜日の昼下がり。降りる駅の3つ手前で居眠りからふと目を覚ました。人影まばらな車内、1つ向こうのドアの近くからこちらを見つめている詰襟のO君の姿。 中学1年の2学期に転校したとき、教壇の横で自己紹介する私の目の前に座っていたO君とは、3年で再び一緒になった。2年弱で彼はものすごくかっこよくなっていた(という幼稚な表現を使わざるを得ないほど、かっこよかった)。当時流行っていた水谷豊のCMになぞらえて「アラン・ドロンかな~」というあだ名がついたほど。 6月の京都・奈良修学旅行の2泊3日は、どれだけO君とニアミスできるか、ドキドキの連続。清水の舞台で構えたカメラにポーズをとってくれたO君。先生の注意も聞かず、隊列を乱して一緒にそぞろ歩いた法隆寺の境内。けれど、旅行から帰ってじきに、O君は隣の組のKさんと「両想い」という噂がたつ。よりによって彼女は、いつも私とテストの順位を争うライバルだった。友達に励まされ、放課後の教室に足止めしたO君に、私は一世一代の告白をした。 「ごめん。おれ、Kのことが好きだから。」 黒目がちな瞳をうつむかせて、彼は誤解の余地のない言葉を口にした。ここまではっきり言われたら潔く諦めるしかない、そう思いながらも体を硬直させる私に、O君は言葉を続けた。 「でも、自分を好きになってくれた人のことは、一生忘れないよ。」 夕焼けが差し込む教室で、私は諦めるどころかO君への想いをことさら強くした。以来卒業までの9ヶ月。O君とKさんの両想いと同じくらい、私のO君への片想いは学年中で公の秘密だった。それでもなんら態度を変えず友達としてフェアに接してくれるO君。私は生徒会書記の地位を利用して、文化祭で彼が組んでいるロックバンドのコンサートを実現させた。 卒業を前に、O君とKさんは地元で一番の高校進学を決め、私はその学校より遠い高校を選んだ。 そして5月、車内での思いがけない再会。息をするのも忘れてO君を見つめる私に、少し照れくさそうに近付いてきた彼は、「久しぶり。元気?」と言った。 新しい学校の話をしながら電車を降りた。お互いなんとなく別れ難く、どちらからともなく駅前の大きな楠の下の歩道橋を数段上がり、木陰の踊り場でおしゃべりを続けた。二人のまわりは、楠の白い花の香りで息苦しいほどだった。 あれから毎年、この季節に楠の花の香りに出会うたび、O君のことを思い出す。彼は、私のことを本当に忘れないでいてくれているだろうか。 追記:先日のブログにてらすと、O君は「はっきりふってくれた」貴重な存在である。でも振り返れば、高校3連敗でも彼らははっきりNoと言った。ティーンエイジャーの男の子は、女らしい(?)きっぱりした態度をとっていたのだ。社会人になると、男は「男らしく」なるのだろうか。
by miltlumi
| 2011-05-19 20:37
| 忘れられない言葉
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