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その2。逆にどうしてここを映像化しなかったのかな、という場面。それは、緑の父親の病室シーン。映画では一瞬だけだが、原作の中では、あの枕元の場面は結構長い。末期癌で何も食べられなくなっている父親の看病に疲れた緑を思いやって、ワタナベ君は「少し散歩しておいで」と送り出す。 おなかがすいたので、果物と一緒に置いてあったキュウリを食べると、それを見た父親も食べたがる。薄く切ったキュウリに海苔を巻いて醤油をつけたキュウリを何枚も食べながら、父親は唇だけで「うまい」と言う。 今、不本意にも消えかからんとしている命。それでも、生きている証として、食物をうまいと思う。ポリ、ポリ、という明快な音をたてながら。これは、全編の縦糸のテーマとなっている「死」に対する、唯一の、直接的な挑戦である。 ただ2時間13分の映画にとって、この場面に時間を割くことのリスクは、そうすることによるメインテーマの深堀りというメリットを上回ってしまう。ややもすると観客を混乱させ、よくて「ファニーな場面が一つだけあった」という気晴らし程度にしか受け止められない危険性がある、と判断したのかもしれない。 その3。お気に入りの台詞をちゃんとピックアップしてくれてありがとう、トラン監督!と言いたい場面。 「私を抱くときは私のことだけを考えてね。私の言ってる意味わかる?」という緑の言葉。それに続く「…傷つけることだけはやめてね。私これまでの人生で十分に傷ついてきたし、これ以上傷つきたくないの。幸せになりたいのよ」とともに、1文字さえ変えずに採用されている。 大写しになった二人の横顔を観ながら、この映画でただ一度、泣けた。 「よくわかる」と答えたワタナベ君、わかっていると思っていても、実はわかっていないよ。それに、緑のことだけを考えるなんて、できないでしょう。 一方まだ19歳の緑。もちろん十分傷ついてきただろうけれど、あなたは、これから先もっともっと傷つくんだと思うよ。幸せになるためにワタナベ君とつきあおうとしても、その行動そのものが自分を傷つける結果になるのだから。 彼らより、ほんの少したくさん経験を積んだ私は、心の中で意地悪をつぶやいた。つぶやきながら、そのことを知らない純白な彼らを、羨ましいと思って、泣けた。 ・・・(続く)
by miltlumi
| 2011-01-21 20:04
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