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真冬の青春

 日経土曜版に、「自費で払ったタクシー代の最高、1万円以上は2割弱」という記事が出ていた。すっかり忘れていた思い出が、突然フラッシュバックした。

 17歳の冬、終電近い駅の広場で、宴会帰りのクラスメートと名残を惜しんでいた。そこに合流した別のクラスの集団の中に、2ヶ月前に私に電撃告白したM君がいた。お互いのクラスメートに囃されて、二人は肩を並べて駅に向かう形に。
 「送ってくよ」という彼の銀縁の眼鏡の奥に、黒目がちの瞳があった(昔から、といっても当時は3年前から、私は黒目がちの瞳に弱かった)。
 送って行く、といっても、私の家は1時間もかかる県境のM駅。なのに彼は果敢にも、自宅とは逆方向の電車に乗り込んだ(マンモス狩りモードだ)。サラリーマンの姿さえまばらな夜半の東海道線。みかんの皮でもむきたくなる4人掛けの席、進行方向を向いて並んで座る。こんなに近く、こんなに長い間(といっても20分くらい)一緒にいるのは初めて。狩人の罠にまんまとひっかかった私。2ヶ月間出ていなかった答えが、つい口をついた。
 「私、M君とつきあってもいいと思ってる」
 遠慮がちに私の手をとるM君、ありがとう、とつぶやく。世紀の「両想い」成立の瞬間

 でも、次の瞬間私は現実に戻る。
 「もう降りたほうがいいんじゃない?うちまで行ったら戻れなくなるよ」
 今も昔も、高校生もサラリーマンも、オトコは押並べて刹那的な生き物である。その瞬間の幸せにのみ、酔い痴れる。
 「いいよ、ちゃんと送ってくよ。駅に泊って始発で帰るから
 真冬の駅で野宿。無謀、という単語はマンモス男の勲章。しかし、私も大馬鹿だった。男に基本的に欠落している分別というものを2倍働かせるという、女の基本的な役割に気づきもせず、「まあ、そんなに私のことを…」とますますぽおっとなった。
 しかも、真夜中に見知らぬ男の子を家に連れて帰るなんて大胆な行動は思いつきもしないほど、私は箱入り娘だった。ほかほかの両想い気分で上気した顔で「じゃあ、風邪ひかないでね」などと間抜けな台詞をはいて、無情にも私は彼を駅に置き去りにしたのだ。
 さすがに翌朝は4時42分の始発前に目覚ましをかけて、冷蔵庫のハムでこっそりサンドイッチを作り、駅に走った。しかし、そこに彼の姿はなかった。

 後の説明によると、やはり箱入りの彼は、私と別れてすぐ赤い公衆電話で家に電話をかけたという。別方向の電車に乗って終電を逃したから(さすがにM駅とは言えず、もう少し近い)H駅に泊る、と伝えたところ、母親に「タクシー代出すから帰ってらっしゃい」と一喝された(そりゃ当然でしょ)。素直な彼はすごすごとタクシーに乗り込んだが、自宅近くでメーターが2万円を超えていることに気付いた。H駅からの金額にしては高すぎる。やばい。正直な彼は、タクシーの運ちゃんに全てを白状し、「1万円は後で絶対払いますから、親には1万円だけ請求してください」と頼んだのだ。
 今、気づいたのだが、あの1万円の半分は、私が出すべきだったのだろうか。
by miltlumi | 2011-01-15 21:20 | マンモス系の生態 | Comments(0)
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