時差

 旅行に行くと必ず「ここで暮らすのはどうだろう」と思いを巡らす。風光明媚なところに行くのが普通だから、目的地に着いた途端は「うわあ、空気が甘い。こんな土地でのんびり暮らせたらいいかなあ」と思う。

a0165235_22453046.jpga0165235_2242558.jpgほんの2日間、伊豆高原に行ってきた。今週初めの初夏の陽気のおかげで桜並木の蕾はぷんぷくりんの「ぷんぷく」くらいまでふくらみ、オープンテラスのカフェでコートなしでウグイスの声を楽しめるくらいの穏やかな日和。女友達と一緒に「干し肉ツアー」と称して、タイルモザイクの鍋敷き作りや陶芸体験などを堪能。おかげでかの地に定住(というとまるで登呂遺跡の縄文人みたいで失礼に聞こえるなあ)しているお教室の先生達と色々話ができた。
 いわく。「伊豆は観光で来る人達には親切だけど、東京から引っ越してきた私みたいな者には冷たいわよ。娘も学校で仲間はずれにあっていやになって、高校はオーストラリアに行っちゃったわよ」「主人とは陶芸で知り合ったんです。彼は東京出身。…冬は人が来ないから、夏に備えてテラス作ったり、あ、今外で大工仕事してるぽっちゃりした方が主人。こうやってどうにか耐え忍んでます(笑)」

 ふうむ。いずれも切迫感あふれる貴重なコメント。そもそも2時間のタイルモザイクの体験料が2人で1,600円也。しかもこのあと目地詰めや研磨の作業があり、それを箱詰めにして送ってくれるのだから、彼女の合計労働時間は少なくとも4時間。時給400円!? 陶芸だって、1.5時間で材料費・送料込みで2人で1万円ちょっと払ったけど、今日は気持ちよくろくろ回して形作っただけ。このあと彼女と彼は、私達の名前入れて乾かして釉薬塗って焼いてやすりかけて…。はああ。現実は厳しい。(ところで、「干し肉」とか「日頃の仕事のストレスを忘れてのんびり」とか言ってるわりに、こういうせこい計算をしてしまうこと自体が、既に金融資本主義に心を蝕まれている証拠かもしれない)
 帰りの電車の中、友人と「食費が安いのかなあ」「庭に野菜植えて自給自足?」「ああいう仕事してたらスーツとかパンプス買う必要なくて、ユニクロのTシャツとトレーナーだけでいいからお金かかんないかも」「あとは車のガソリン代か」などと地域経済評論に花を咲かせる。

 夕方自宅に帰ると、海外旅行に行ったわけでもないのに、時差ぼけのようなどんよりした頭の重みを感じる。いきなり携帯電話が鳴って「今度の月曜日、XXさんとXXさんちに行くから一緒に来ない?」というお誘い。友達が近くにいる現実世界。電車で2時間の旅行は、やはり無限大の時差がある異世界だ。
[PR]
by miltlumi | 2010-03-18 22:47 | マンモスの干し肉 | Comments(0)
<< いらいらしない 男らしさ・女らしさ >>