丁寧な生活 (すり切れたパジャマ編)

 ここのところ整理整頓好きが過熱している。狭いうちの中、クローゼットも食器棚も仕事の書類も、みーんなあるべきものがあるべきところに納まっていて、しかもそこここに余白の美まで登場し始めているのに、整理したい欲求は留まるところを知らない。

 次はどこを整理しようか。家じゅうをぐるぐる見回し、収納スペースの扉を開け、しばし黙考。はたと思いついたのは、幅140cm 高さ2mのどでかいワードローブ。
 遠い将来、ワンルームの介護付き老人ホームに引っ越す可能性を考えると、大きな家具は早めに処分するに越したことはない。ワードローブにはシーズンオフのスーツが入っているが、ベッドルームに作り付けのクローゼットの服を減らして、そちらにまとめてしまえば、家具は不要になる。

 しかし、既に捨てるべき不要な服は全て処分済み。服はもちろん、下着も靴下もパジャマも、(コンマリさん風に言えば)ときめく物ばかり。生来のケチ根性も相俟って、擦り切れたり破れたりしない限り、ぽいぽいステるには忍びない。
 であれば、とっとと擦り切れてくれれば諦めもつくというもの。

 千里の道も一歩から、というわけで、服を地道に着倒して心置きなく捨てられるよう、この夏は同じものばかり繰り返し着用した。おかげで、まずパジャマ(14年前に購入。赤地に白黒の縞々服を着たブタさんが何十匹も飛んでいる)のウェストゴムの部分が、擦り切れた。
 うはは。捨てなきゃ。と思うのだが、お気に入りのブタさんを見るたび、ゴミ袋に直行させる気持ちが萎える。そうだ。擦り切れた部分をカットして股上を少し短くして縫い直したら、まだ着られるんじゃないか。
 ワードローブ撤去に向け、服を擦り切れさせて捨てる作戦はどこへやら、やおら「モッタイナイ」作戦に切り替わる。

 そういえば、同じような断捨離作戦で冬のタイツを履き倒そうとしたときも、無事(?)穴が開くと、反射的に手縫いで穴かがりをしてしまった。
 ロングだったスカートの丈を短く詰めたり、身ごろの幅をかえてシルエットを整えたり、自分で手を入れた服は少なくないし、裾が擦り切れた麻のバギーパンツも、丈を短くしてガウチョ風にすればいいと、いまだにクローゼットの中でスタンバイしている。

 洋裁が好きなのは、母譲りだ。「ときめく服」の中には、母のお手製のコート(高校1年のときに作ってくれた)とフレアのジャンパースカート(同・大学1年)。いずれもシンプルなデザインで飽きの来ないベージュ色だから、いまだに現役だ。

 服のリフォームが得意なことと、整理整頓・断捨離好きは、どうにも相容れない。
 共通点があるとすれば、やっている最中は作業に没頭できることと、やり終わったあと「丁寧に生活している」という感覚を味わえることだ。
 駆け足急ぎ足、スピードアップが常態になりがちな中で、お気に入りの時間、ではある。

 こんな調子では、いつまでたってもワードローブは捨てられそうにない。
 でも、洋裁で手先を使っていればボケずに済んで、ワンルームの介護施設とも無縁かもしれない。であれば、ワードローブを捨てる必要もない。


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# by miltlumi | 2017-10-08 11:40 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)

丁寧な生活(生春巻き編)

 少し前、ホームパーティで、久しぶりに生春巻きを作った。何年も前に1度作ったきりだから、作り方のコツを忘れていた。とにかく、心が穏やかなときでないと決して作ってはならない、という教訓だけは深く記憶に刻まれていた。
 だから、当日は準備の時間配分に気を付けて、一番ゆったりできるときに調理に取り掛かった。

 ベトナム製のライスペーパーは、半透明で薄くてパリパリしていて、ちょっと手荒に扱うとすぐパリンと割れてしまう。あーそうだった、と思いながら1枚ずつ袋から取り出す。
 ペーパーがすっぽり入る大きさの大皿にぬるま湯を張って、ゆっくりとペーパーを沈める。袋の指示書には「あまり柔らかく戻さずに」とあるが、どのくらいが適当なのかよくわからない。
 と思っているうち、みるみる柔らかくなり、慌てて(これがダメだっちゅーの)引き上げようとしたら、端がしわしわになってしまった。嗚呼。
 まな板の上に広げて、できるだけしわを伸ばそうとするが、くっついて離れない。無理にやると破れるから、諦める。とりあえず細切りレタスをぎゅうぎゅうつぶしながら、もやしと米麺代わりの素麺とともに、ゆっくりゆっくり巻いていく。一巻きしたら、エビのピンクが表に透けるように配置して、パクチーを散らしてさらに巻く。
 出来た。

 2つめは、ペーパーを横から滑らせるように大皿に浸し、まだ固いかな、と思ううちに、やはり横に滑らせるようにゆっくり取り出す。今度は成功。しわひとつない満月だ。レタスの適量もだいたいわかってきた。
 3つめ。戻しは完璧だったが、レタスを押えるときにちょっと力を入れ過ぎて、少しペーパーが破けてしまった。う~、残念。でも破滅的状態はどうにか免れた。

 やや細め、3本並んだ生春巻きが乾燥しないよう、ラップを密着させて丁寧にくるむ。4時間後、この子たちは5分もかからず3人の食いしん坊のお腹の中に収まった。

 コツを思い出したのに気をよくして、その後も何度か、自分だけのために生春巻きを作っている。慌てずゆっくり、でもタイミングを見計らってすかさず、ライスペーパーをお湯から滑り出せると、とても幸せな気持ちになれる。
 ぷよぷよした地肌を指でつかんで、スイートチリソースをたっぷりつける。エビだけでなく、チキンとアボカドとか、スモークサーモンとクリームチーズとか、好きなものを丁寧に巻いていく。
 
 成城石井で買ったら、たしか500円もしないんだけどね。
 それを言い始めたら、ポテトサラダだってきんぴらごぼうだって麻婆豆腐だって、買ってしまったほうがよっぽど手軽で、時間の節約になる。
 忙しい人にとっては、本当に便利な時代になった。
 
 幸い私はそんなに忙しくない。平日の真っ昼間、うちにいることも少なくないので、昼ご飯のついでににぼしの頭をもいでお鍋の水に入れ、夜ご飯のお味噌汁の準備をしたりする。ありがたいことである。
 いっそ電気釜もガスレンジもなくして、森で倒れ木を拾ってきて薪割りをして火を熾して土鍋でご飯を炊いたり、コーヒー豆を炒ってからミルでこりこり擂ってドリップで淹れたり、そういう生活になったら、一日じゅう忙しいだろうなあ、と思う。
 でも多分、そういう忙しさを、私はきっと愛することができると思う。


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# by miltlumi | 2017-10-08 11:39 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)

丁寧な生活(蒸しかぼちゃとお豆腐と青りんご編)

 この秋、北海道産のかぼちゃは「当たり」、ということで、福岡に住む友だちと意見が一致した。彼女がFacebookで「かぼちゃの蒸したの、バター塗って塩ぱらり」とつぶやいたのに私が反応し、同じ時期に同じ産地のかぼちゃを同じ食べ方で食べていたことが発覚したのだ。
 
 昔は、かぼちゃと言えばお醤油とお砂糖で甘辛く煮る、母の受け売り調理が定番だった。それが最近は、そういう手間もかけなくなった。
 1人暮らしにはやや多い半分サイズだが、蒸してまずはそのまま食べる。余りはスライス玉葱やレーズンと混ぜてサラダにしようと思っていても、結局そのままシンプルに塩で食べてしまうことの方が多い。一番低カロリーだし、何しろ甘さが最も引き立つ。
 
 かぼちゃに限らず、最近は何でも「蒸し物」にしてしまう。じゃがいも、さつま芋はもちろん、茄子や玉葱や人参や、鶏もサーモンも豚肩ロースも。でもって、グルメな友だちがくれたざらめのような岩塩とか、お気に入りのアンデスの紅塩とか、クリスマス島の青い塩、などなど。それにレモン、もしくは柚子こしょうかわさび、刺激が欲しいときは豆板醤。う~、たまらん。

 そういえば、お豆腐も、葱のみじん切りと鰹節にお醤油たらして、という食べ方から、塩とわさび、のほうが多くなった。「濃い豆乳の絹豆腐」という謳い文句に惹かれて買ってきたものは、塩もお醤油もなくてもしっかり大豆の味がして、幸せな気分になれる。
 ふと思いついて、スプーンでお豆腐の真ん中に穴を開けてメープルシロップを注ぎ、まわりにほんの少しの塩とごくちょっぴりの柚子こしょうをのせて、三者混ぜながら食べたら、そこらのプリンやパンナコッタよりも慎ましやかで品のいいデザートになった。
 3個128円也のお豆腐が、おかずにもデザートにもなるなんて、なんて賢いんでしょう。ということで、「おかめ納豆」と並んで常備品の仲間入りをした。

 こんな、料理とも呼べないような単純なことばかりやっていたら、ただでさえ一人暮らしの手抜きし放題が、ますます勘がにぶるではないか。…と思うのだが、これで十分美味しいのだから、いいではないか。食べ物の本来の味を感じることができるのは、心身が健康な証拠だ。

 先日、ちょっと仕事の区切りがついて、一人プチ祝いをしたい気分になった。こういうとき、お酒に興味がないのが残念。缶ビールをプシュッという至福(らしい)を味わえないので、食べることしか選択肢がない。
 帰りがけの電車の中でさんざん悩んだ末、昨夜にぼしとかつお節で丁寧にとっただし汁があるのを思い出し、結局スーパーで三つ葉とお寿司を買ってうちに帰る。
 「濃い豆乳の絹豆腐」はおつゆに入れて温かくするとさらに甘味が増す。三つ葉の香り。デザートに、青りんごがあったことを思い出す。紅玉みたいに身が締まっていて、しゃきっと齧ったとたんにあふれる果汁が舌に甘い。8つ298円也のささやかな幸せ。
 
 昔、父が「マグロの刺身と白菜の漬物があれば他は何もいらない」と言うのを聞いて、なんてワンパターンな、つまらない、と思ったものだ。
 今や自分も「季節の野菜と果物とお豆腐」。 そういう年頃になってしまった。


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# by miltlumi | 2017-10-08 11:36 | 機嫌よく一人暮らし | Comments(0)